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オフィス街の夕暮れです仕事を終えた人たちがエレベーターからフロアにどっとあふれ出てきた。私はそんな人の流れに逆流してオフィスに戻っていくところなんだ。
デスクに戻って1時間くらいでメールのチェックとデータの処理は終わる。
その後、今夜はちょっとしたパーティの予定が入っている。
大学のゼミの同期がアメリカから帰国したので、近況報告を兼ねた同窓会なんだ。
こんなカチっとしたスーツでヒールを履いて出席するなんてちょっと照れくさいね。
昔の私はリーヴァイス501にTシャツばっかりだったし、化粧気も無かったからみんなびっくりするだろう。
4年間の大学生活の間はプジョーのマウンテンバイクに乗って学校まで通っていたしね。
ゼミの仲間は誰も私を女の子と認めていなかったと思うんだ(笑)
そんな仲間と離れ離れになって6年が経つ。
月日は人を変えるし、職業も人を変えるだろう。
誰もが昔のままではいられないし、成長した昔の仲間に会えるのはとっても楽しみだ。

時には追憶に浸ってしまいますオフィスに戻ると真昼のように明るいフロアで数人の社員が慌しく飛び回っている。
私はデスクに戻るとPCのデイスプレイに貼り付けてある手書きのメモを読み始めた。
「継続中の商談につき、来週中に当方より価格提示の必要あり。では良い週末を!S・K」
烏山事業本部長からの手書きのメモを見て、きっと私の顔は微笑んでいたと思う。
口には出さなかったが、心の中で「ついに決まったんだ」とつぶやいた。
週末に良いニュースは嬉しいものだ。
烏山本部長からのメールをチェックすると詳細なデータシートが添付されていた。
「久しぶりに大きな商談になりそうね」
思わず口をついてそんな言葉が飛び出してしまった。
最近独り言が増えてきたみたいだな。


PCの電源を落とすと私はロッカーに向かい、バッグを抱えてオフィスを出た。
丸の内からタクシーを飛ばして赤坂に向かったのだが、私は集合時間に遅刻した。
学生時代に打ち上げで使っていたバーはバブル崩壊後も健在だ。
私たちの乱暴狼藉(?)を許してくれた、かけがえの無い大事なバーなんだ。
今でもオーナーが穏やかな顔をしてシェーカーを振っているのだろうか?


ゼミの仲間は不思議な偶然なのだが、お酒好きで車好きだった。
私以外みんな運転はそこそこの腕前だったと思う。
そんなに派手な事はしていなかったが、ちょっとお茶を飲むだけでも横浜まで車を飛ばしたり、時間と元気が有り余っていたんだろうね。
朝比奈のヒルクライムで鎌倉までの時間を競ったりしたんだよね。

仕事の合間に休憩中馴染みのバーに入っていくとカウンターの中からオーナーが昔と同じ笑顔で迎えてくれた。
奥まったシートには懐かしい顔が並んでいる。


ユウジ、ノブアキ、ヒデユキだ。
肝心のアメリカ帰りのカズシの顔が見えないが、成田からここに直行したらしくスーツケースだけが置いてある。
その時、奥のメンズルームからアロハシャツを着た長身のカズシが出てきた。


「よお、マナミ久しぶりだな!」
「すごい格好で帰ってきたんだね!家にも帰らず直行みたいだし」
「そうなんだよ、実家にも寄らずここに直行した意気込みを認めてほしいもんだね」


カズシはニヤッと笑った。


「こいつには帰る家なんてねえんだよ、お袋さんに勘当食らってる身だしな」
ノブアキが笑いながら応じた。

危ないオジサンと一緒大学卒業後も定職に就かないカズシに彼の家族は頭をかかえているらしい。


他の男3人はスーツ姿だからカズシのアロハ姿は目立っている。
もっともスーツ姿だからと言って3人のお行儀が良いわけではなくて、靴を脱いでソファにあぐらをかいていたりするんだけどね。


変わっている姿を想像したけど、みんな全然変わってないや(笑)


5年前、熊田ゼミの秀才と謳われていたカズシはあっさり大手都市銀に就職を決めた。
ところが入行後3ヶ月で突然退職してしまったのだ。
ゼミの同期生達がその理由を聞いても、カズシは曖昧に口を濁すだけだった。


梅雨が明けて夏の熱気が戻ってきたある深夜、私の携帯にカズシから電話が入った。
かなり酔っているらしく呂律が回っていないのだが、カズシは自分の意志を確かめるようにはっきりと退職の理由を語り始めた。


要約すると、従来型の社会 システムに自分が組み込まれていく事が耐えられないといった理由だ。
カズシはそれを説明すると小さく笑って電話を切った。
私はどう対応して良いのかわからず呆然としていたが、すぐにユウジから電話が入った。

オフィスの中でもリラックスしてますユウジからの電話もカズシの件で、私のところにも電話があった事を伝えるとユウジは大きくため息をついた。


「こりゃ俺達全員に電話が行くな。もしかするとそろそろ全員にかけ終る頃かも知れない」
「ユウジ、どうしよう?」と私は聞いた。
「今夜はそっとしておいて上げようぜ。明日でも俺から電話をしておくよ。マナミは心配すんな」


ユウジはクールに「おやすみ」と言って電話を切った。
私はどうしてよいかわからずベッドに腰掛けて、夜が白むまで窓の外をぼんやり眺めていた。


そんな過去のワンシーンが私の脳裏をよぎったが、今、この場では全員に昔と同じような笑顔が弾けている。
ビールをガブ飲みしながら愉快そうに笑う姿は学生時代とまったく同じじゃない(笑)


金融関係のシステムをやっているユウジ、外車ディーラーのノブアキ、音響エンジニアのヒデユキ、そしてIT業界の私・・・
そんな4人がカズシを囲んで楽しい時間を過ごしている。
ビールのグラスを空けたカズシが突然みんなに向き合って語りかけた。

楽しい週末になりそうね!「俺な、実は来月から小さなWebサーチの会社に勤めるつもりなんだよ」
照れくさそうな声でカズシがつぶやいた。


みんな口をあんぐり・・・驚いて声が出ない。
しばらくするとカウンターの中からオーナーの声が響いた。


「カズシ君おめでとう!今夜は君の就職祝いだからゆっくり飲んでいってください」
カズシは照れて、頭をボリボリ掻いている。


お店のおごりでワインのボトルが届くと、改めてみんなで乾杯だ。
オーナーも交えてみんなで昔話に花が咲いている。


「そうだ、カズシ君がアメリカに行く前に忘れていったCDを預かっているよ」
とオーナー。
「何を置き忘れたのかな?聴いてみたいですね」
カズシも興味津々といった顔をしている。


やがてオーディオをセットしたオーナーが戻ってくると、店内にジョン・フォガティの低く滑らかな歌声が流れ始めた。


「カズシ君にしてはいい趣味だね」
オーナーはニコニコ笑っている。

これからスタッフと打ち上げです私はさっきから気になっている事があったのでカズシに聞いてみた。


「カズシが就職する会社、社名は何ていうの?」
「うん、《アルファWebサーチ》っていうんだけどさ・・・小さな会社だから誰もわかんないだろ?」


私に最近で一番の笑顔が弾けた。
さっき烏山本部長のメモにあった商談って言うのは《アルファWebサーチ》のM&Aの案件なんだ。


「もしかしたら私がカズシの上司になるかもよ」
私は手短にM&Aの件を説明した。


「勘弁してくれよ〜!よりによってマナミの部下になんのかよ〜」
一同は大爆笑だ。


「今夜は中途採用の社員の面接だから覚悟しなさいよ」
私は笑いながらカズシをにらんだ。


「音楽センスの良い若者だからよろしくお願いします」
オーナーもおどけて推薦してくれた。


バーの中にはジョン・フォガティの歌う「Have You Ever Seen The Rain」が流れている。


今夜は楽しく長い夜になりそうだね・・・

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