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はじめまして、相沢はるかです!暑い夜の熱気が収まってくると、海から流れてくる風が冷たく感じられる時間になってきた。
私は夜の海を眺めてみたくなり、南向きのベランダまで月明かりの中を歩いてみた。
そこでは開け放された窓から入ってくる風でカーテンが静かに揺れている。


ベランダに出てみると低い波音が響いてきてかすかに汐の香りが漂っていた。
やっと取れた休暇を過ごすために急に思い立って湘南まで私はやってきた。
今夜はホテルにチェックインして軽い食事をしただけだ。
明日から懐かしい湘南の海で休暇を過ごす事ができる。


ベランダから見える砂浜には小さく焚き火の明かりが見える。
サーファーのアベックが砂浜で波の音を聴きながらロマンテイックな夜を過ごしているようだ。


さて、明日から4日間は仕事の事は忘れて湘南の海を楽しめるんだ。

和柄ってかわいいですね夜が明けると窓からは134号のざわめきが聞こえてきた。
私はシャワーを浴びると車に戻り、リアカーゴからダッフルバッグを持ってきた。
トノカバーをかけてあるので外からは見えないが、ちょっと無用心かもしれない。
でも、こんな古いバッグなんて誰も注目しないだろうな。
バッグの中には4日分の着替えと水着くらいしか入っていない。


早速、アロハシャツを取り出してクロゼットに掛けた。
レーヨンの冷たい手触りと柔らかさが感じられたが、この感覚は独特なものだ。
ホテルの朝食を済ませると、バッグに水着とタオルだけを入れて車に乗り込んだ。
今でも営業しているはずのサーフショップに向けて私のワゴンは走り出した。

アロハシャツのモデルは初めてです134号に面したところにマンションが建ったため、少し迷ったが、無事にツトムのショップにたどり着くことが出来た。
午前中の太陽を浴びながらショップの入り口でオサム号が寝そべっていた。


この犬も15歳になる。
今では立派なサーファー犬だが、最初に海につれてきた時には、自信無さそうに飼い主を見つめるだけで、海に入ろうとしなかったんだ。


オサム号は私を見つけると、嬉しそうな顔で近づいてきた。


昔みたいに飛びついて来ないのは年のせいなのかしら?
オサム号の頭を撫でていると、ショップの中からツトムがタバコをくわえて出てきた。


この人は5年前とまったく変わっていない・・・


「おお、突然どうしたんだ?」
いつものとおり素っ気無い口調でツトムがたずねた。
「うん、秋物のキャンペーン資材が一段落して暇だから休みをとったの」
「そうか、君が海に出ると波のサイズが落ちるってジンクスは今でも通用するようだ」

たまにはこんなポーズもいいかな?ツトムは笑いながら昨日までのショルダーの波の話を始めた。
確かに今日の海は静かに凪いでいるが、やっぱり私のせいなのかな?
イーグルスのデスペラードが低く流れるショップからツトムがビールを持ってきた。


「まあ、あせらずに波を待てばいい、とりあえずビールでも飲んでくれ・・・」


お昼を食べた後、ツトムとは6時にホテルのバーで待ち合わせの約束をして、部屋に戻ってシャワーを浴びた。


急に眠気が襲ってきてベッドでうとうとしている時に携帯が鳴った。
着信を見ると、宣伝部の鮫島からだった。
鮫島からの電話は折り返す必要も無いような用件だろう・・・


だが、その着信を見た瞬間に、ツトムが宣伝部の課長だった5年前の思い出が鮮明に蘇ってきた。


ツトムと私は婦人服の品揃えと広告のクオリティに定評のある百貨店の宣伝部に勤務していた。
私が広告製作会社から転職した時の上司がツトムだった。

アロハが似合っているかな?彼は画期的なプロモーションと大胆なクリエイティブで業界内での評判が高かった。

製作物に対する判断は正確で、私に対しては時に厳しい上司だった。
その反面、部下の誕生日にはプレゼントを用意したり、細やかな一面も持っていた。


そんな彼だけに、商品に対する眼も厳しいし、センスの無い商品には辛らつな評価を下す場合も多かった。


5年前、当時天才バイヤーと呼ばれていた猿橋が導入を計画していた婦人ブランドに関して、ツトムは例によって辛らつな評価を下した。
「こんなブランドが売れたら世も末だぜ」
会議の席上でこの発言が何度出たことか。


この発言が天才バイヤーの耳に入ったのだから、話は無事に済むわけが無い。
ついには担当役員まで巻き込む大騒ぎになり、ツトムは地方に転勤の辞令を受けた。


ところがツトムの方が役者が一枚上で、辞令を受けたその場で、手品のように内ポケットから辞表を取り出したのだ。

海をバックに撮ってみました宣伝部に戻ってきたツトムは「君たちとともに敗戦処理が出来なくなって残念だ」という意味の皮肉とも取れる挨拶をすると会社を去った。


ツトムがその百貨店の創業者の遠縁だという事実を私が知ったのは、彼が退社したずいぶん後の話だ。


その年の春は素晴らしい好天が続き、湘南には良い波が立った。


そして、ツトムの予言通り、天才バイヤーが導入したブランドは大量の不良在庫となり、私たち宣伝部のスタッフは文字通り敗戦処理に似た在庫処分に追われる事になった。


そんなある朝、ツトムから宣伝部に電話があった。
「君が湘南に来ないから、最近はいい波が立っている。俺が会社に残っていたら、この波と出会えなかっただろう。俺は運のいい男だな」

スタッフ一同と撮影しましたツトムは笑いながら一方的にしゃべって電話を切った。


その当時、私がサーフィンに行くと波が立たないってジンクスがあって、ツトムはその事を冗談の種にしていた。


私が目を上げて窓の外を見ると、新宿のビル群の間には抜けるような青い空が広がっていた。


追憶の世界から覚めて、現実の世界に戻ってみると、私の周囲の環境は大きく変わってしまっている。


むしろ、まったく変わっていないのはツトムとの間にある不思議な感情だけなのかも知れない。

商品撮影のモデルもやりますね私とツトムとの間には時間の流れが存在していないようだ。


私は窓辺まで歩いて行き、窓を大きく開け放った。
そこには湘南の海が夕日を浴びながら金色の光を反射させている。


「5年前のジンクスなんて通用しないんだから・・・明日はきっと大きい波が立つわ」
私は低くつぶやいた。


さあ、今夜はツトムと2人でホテルのバーで昔話に花を咲かせよう。
休暇の本当の目的はサーフィンではなくて、お互いの近況報告なのかも知れないんだから(笑)

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