六本木の昔話です| Good Old Days | Tony Who? | Tony and Joey | The Scene Changes |

アロハっぽくないトニーラマのブーツある、晴れた夏の日、六本木のハーディバラックス(六本木にある駐留米軍の兵舎)の芝生で男たちがキャッチボールをしていた。
一人は長身のアメリカ人、もう一人は小柄だが、肩の肉が厚い日本人の若者だった。
若者ははちきれんばかりのTシャツ姿で、相手のアメリカ人は上着を脱いでいるが、軍服姿だ。若者はボールをもてあそびながらポマードでオールバックにした髪をかきあげて、長身のアメリカ人に声を掛けた。


「中尉、そろそろ前線に戻る時間です」
アメリカ人の中尉は眉を下げて笑いながら若者の肩を叩いた。
「おいおいトニー、私を朝鮮で殺すつもりなのか?」
若者は笑いながら肩をすくめた。
「今の中尉のツキでしたらコミーどもの鉄砲玉に当たるわけがありませんね、昨夜は六本木中のドルをかき集めたでしょう?」
若者は昨夜のポーカーの話をしているのだった。
「いや、残念だが1/3がいいところだ」
中尉は歯を見せて笑うと大げさなジェスチャーで悔しがってみせた。


「残念なことに第8連隊の奴らは途中からは飲んでばかりで、ゲームに参加していないさ。大物を取り逃がしてしまったよ。ところでトニー、君の成績はどうだったんだね?」
「まあまあってとこですね、私はジャッキー専門だから勝負が小さいですよ」
どうやら、若者はトニーと呼ばれているらしい。筋肉質の上半身をゆすりながら、兵舎のベンチに置いてあった上着に袖を通し始めた。

やっぱりウィスキーだね「では中尉、これから市ヶ谷のパーシング・ハイツに戻って書類をタイプアップします。夕方には報告が可能かと思われます」
トニーと呼ばれている若者は中尉に敬礼した。
「では、よろしく。ところでトニー、君はGHQの嘱託になって何年だ?」
「まだ3年ですが、夜も働かされているようなものですから倍の6年でしょうか?」
「まったく除隊後はアメリカでビジネスパートナーになって欲しいものだな、仕事は確実だし計算も速い、何で私たちが戦争に勝てたのかわからんよ」
「中尉、答えは簡単ですよ。私たちは指導者を間違えただけなんですから。」
二人の笑い声が兵舎に響いた。


アメリカ人の中尉は兵役に着く前はシボレーのセールスをしていて、日本に駐留してから若者と仕事をするようになった。ブロークンな英語でジョークを言う若者に最近では信頼感を持ち始めている。
若者はトニーというニックネームが不思議に感じられないくらいここでの仕事に溶け込んでいる。
アメリカ人が日本人の名前を発音するのは難しい。ニックネームで人を呼ぶのは、ある意味では合理的だし本人もトニーと呼ばれる事を気に入っているのであるから、何も問題はないだろう。


「ところでトニー、今夜は時間があるのか?昨夜の儲けでご馳走するが?」
若者はシェヴィのエンジンをかけながら笑顔で答えた。
「では書類を届けた後、トムズでお待ちしています。どうせまたカードに付き合わせるつもりでしょうが?」
若者は笑顔で中尉に答えた。

The Scene Changesへ若者の運転するシボレーはゆっくりとハーディバラックを走り抜けていった。検問のMPがシボレーに敬礼する姿を見て中尉は満足そうにうなずいた。

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