ワイルド・ターキー| Bourbon Street | Bombey Sappire | Dimple | Jack Daniel's |

ワイルド・ターキーの荒っぽい味がたまりませんいつものバーでワイルド・ターキーのロックを3杯空けた頃、背後にふわっとした感じの不思議な気配を感じた。わざわざ振り返る気にもならず、私は天井を眺めながらロックグラスに手を伸ばした。
その手に冷たい感覚が重なり、癖のあるコロンが漂ってきた。私の右手は背後に引っ張られて、ゆっくりとグラスが傾いていく。
低く喉が鳴る音が聞こえたのを確認すると、私は自分の目の前にグラスを戻し、ルージュの付いたグラスの縁を眺めた。


「貴方のことを探していたのよ。やっと3軒目でみつけたわ・・・」
女性にしては低いかすれた声が聞こえてきた。この声は何年経っても忘れることが出来ないだろう。
店内にはBGMでオーティス・レディングが薄く流れている・・・
最悪のパターンじゃないか。


「社長もお元気そうでなによりです」
私は度胸を決めてトモコと向き合った。私は濃厚な香りのするケンタッキーバーボンのロックを一口飲んで続けた。
「私も最近は細々ながらフリーのプランナーで喰えるようになってきましたよ」

日が暮れると今夜の主役たちが集まってきます彼女は黙って私の声を聞いている。隣のスツールに腰掛けた彼女の前に、新しいロックグラスが置かれた。
私は大きめの氷を入れて彼女のためにワイルド・ターキーのロックを作った。
トモコはかなり酔っているようだが、視線は漂っておらず、昔と同じ強い目をしていた。


バーテンの梅さんは、私たちの会話に関わらないように微妙な距離に離れ、黙ってグラスを磨いている。


静かな夜が更けつつあるのだが、私は酔いが一気に覚めしまった。
そして、バーのカウンターの上を流れている時間が、ゆっくりと逆転を始めた。


華やかなバブルの時代に、私はトモコが経営するデザイン事務所に勤務していた。
彼女と知り合ったきっかけは、私がプランナーとして参加したコンペの席だった。

今夜も静かな時間が過ぎていきますプレゼンが終わって、会議室から出てきた私たちに対して、挑発的な視線を向けていたグループがあった。
コンペの相手は大手代理店のクリエイターが独立して作った小さなデザイン事務所と聞いていた。
そのコンペは2社で争われる予定だから、このグループが私たちの相手なんだと瞬間に理解したが、私たちは彼女らの気迫に圧倒された。そして、私たちはあっさりそのコンペに負け、10年来の得意先を失った・・・
私たちに挑発的な視線を向けていたそのグループの中で、キラキラ光る獰猛そうな視線を放っていたのが、代表のトモコだったわけだ。


数日後、彼女からのアプローチで私はヘッドハントされた。
ありきたりのプロモーションを提案するのに飽きていた私は、彼女の誘いに乗った。
そして、短いバブルの時期に一瞬だけ私たちの夢は輝いが、結局は情けない事件が元で崩壊してしまった。

バーボンとポーカーは嵌り過ぎです過去の思い出の中で彼女の瞳は輝きを失っていない。
そして、それがいまだに変わっていないという事実を今夜確認できたわけだ。


「貴方を探している理由だけどね、先週、偶然に秋山君と新橋で会ったの」
秋山は当時の私の部下だ・・・
「その時に、昔の仲間でWebサーチの会社を作ろうという話が出て、ぜひ貴方にも参加してほしいと思って・・・」
彼女はつぶやくように言うとグラスに視線を落とした。


なるほど、秋山ならWeb関係のコンサルも出来るだろうし、資金もそれほど必要としないはずだ。
後は、過去のわだかまりさえ解ければ昔のメンバーが集まるだろうな・・・


「実は秋山君が参加の条件を一つだけ付けたの・・・」
トモコは目を伏せている。
「貴方が代表になってくれない限りは参加出来ないって言うの」

なるほど・・・そう言う事か。

さあ!2軒目に行くぞ!私は新しいロックを作って口に運んだ。
不思議な事にワイルド・ターキー独特の焦げ臭さが感じられない。


「秋山らしい言い方だね。彼がそう言うのなら私に異存はないけど、貴女の気持ちはどうなのだろう?」
「それはしょうがない事だと思うの・・・だって、私には管理能力なんて無いし、秋山君が指摘する通り、代表は貴方が相応しいと思うの」
彼女の瞳は少し翳ったが、それでも毅然として私を見つめていた。
琥珀色のグラスを眺めているうちに、急激に酔いが回ってきたようだ・・・
私の脳裏に出来の悪い冗談のような当時の記憶が甦ってきた。


バブル期に私たちのメインクライアントだったリゾート開発会社から受注した悪夢のような大規模キャンペーンの記憶だ。
私は物件地をロケハンした時点で、この仕事から手を引くように進言する気になっていた。
ところが代表であるトモコは強行に、このプロジェクトを進める判断を下した。
私とマーケのスタッフだった秋山はこのプロジェクトの危険性を説明したのだが、なぜかトモコの意志は固く、私たちの意見は無視された。そして、結局は途中で破綻する事になる、このリゾート開発の販売企画を強引に進めたのだ。
バブルに陰りが見え始める前に企画されて進んでいたプロジェクトだったのだろう。
広告プランを作り始めてすぐに基本的な部分で変更が出始めた。


やがて、印刷物の修正変更が限界を超え、支払いが滞りがちになった頃、突然この会社は倒産した・・・
後に残ったのは不渡りとなった手形の山と、発注先からの請求書の束だった。
私とトモコは資金繰りに駆け回り、何とか支払いの目処だけは立ったが、もうその時点で銀行からの新規の借り入れは不可能な状態になっていた。

夜の街は愉快な酔っ払いの天国ですそんなある日、トモコは3日間の休みを取って実家に帰った。
もう、その時点で社員と呼べるような人間は私と秋山だけになっていた。
私たちはやることも無く、事務所で昼からワイルド・ターキーを飲みながら無為な時間を過ごすばかりだった。
窓の外に見える神宮外苑の緑は初夏の陽光を浴びてキラキラ輝いていて、深刻な悩みを抱える私たちをあざ笑っているようだった・・・


トモコが戻った時点で、残った社員3人は会社を解散し、残った資金を均等に分配する事になった。
最後に事務所でワイルド・ターキー飲みながら、私は素面では訊けない2つの疑問を彼女に質問した。
なぜ資金難で火の車だった会社が解散時に余剰金を分配出来たのか?
何故そんな危険な企業との取引にトモコがこだわったのか?


彼女は窓の外を眺めながら重い口を開いた。
「あの会社のオーナーは私の腹違いの兄なのよ・・・そしてみんなで分配したお金は実家に帰って兄の実印を使って引き出したお金よ」
「身内にだけは不義理をしないと思ったけど、所詮は腹違いの兄妹って事だったのよ」

ゆっくりと自分の時間を楽しみましょう事務所の中に低くオーティス・レディングが流れている中でトモコが呟いた「ごめんなさい」のひと言を合図に私と秋山は立ち上がって事務所を出た。その夜、私と秋山は2人で一晩中飲み明かし、明け方の青山通りで別れたのだ・・・


「秋山の提案を検討してみたいので、資料をこのアドレスに送ってほしい」
私は追憶の世界から目覚めてトモコと向き合った。
「私がとりあえず用意できる資金は預かっている500万だけど・・・」
最期に分配したお金はこの日のためにストックしてある。
「秋山も500万をストックしてあるはずだよ」
彼女は驚いて目を見開いた。


ふと見ると、カウンターの上に新しいワイルド・ターキーのボトルが置いてある。
バーテンの梅さんが私たちを見て微笑んだ。
「秋山さんに電話を入れたら、20分でこちらに到着するとの事です。お祝いのボトルを開けるのはそれまで待ってください」
「このボトルはみなさんの友情に対して、当店からのささやかなプレゼントとさせていただきます」
梅さんの声が店内に軽く響いた。

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