ディンプル| Bourbon Street | Wild Turky | Bombey Sappire | Jack Daniel's |

たまにはスコッチの滑らかな味わいも悪くないですBGMが急にヘレン・メリルに変わったのに気がついて、私はカウンターから顔を上げた。壁に掛かった時計を見ると、もう午前2時を回っている。
You'd Be So Nice To Come Home To なんかどうかなって思ってかけてみたけど、やっぱり起こしちゃったみたいだね」
カウンターの中からミヨコがいたずらっぽい目で私を見つめていた。


店内に残っている酔っ払いは私だけだ。
目の前に置かれたディンプルのボトルは半分に減っている。ロックグラスの中には飲み残しのウイスキーが少しだけ残っていた。
私はキャメルのパックに手を伸ばして火をつけようとした。私より早く、ミヨコの手が伸びてきて目の前で青白い炎が着火した。
私はゆっくりタバコを燻らせながら時計を眺め、低くつぶやいた。
「バーの壁に時計が掛かっているだけでも充分に良心的だけど、針を10分進めているのに気が付く酔っ払いは何人いるのかな?」
「そんな事に気がつくお客さんは終電で帰っていると思うけど・・・」ミヨコは笑いながら応えた。


「そうだよな、いつも逃げ送れるのは俺だけなんだよな」私は低く笑うとグラスに残ったディンプルを一気に空けた。
「今夜も長々つき合わせて悪かった」

美女の膝枕でディンプルも幸せそうです私は止まり木から立ち上がると、大きく伸びをした。酔ってはいるが、まだまだ頭は正常だ(笑)

店を出ると、深夜だというのに道玄坂の路上は賑やかで、人通りも多かった。
ふと気付くと、彼女は私の脇に寄り添って腕を絡めている。
彼女の吐息がジャケット越しに強く感じられて、絡めた腕に力が入るのがわかった。


「今度の週末はお店を休もうかと思っているの」
ミヨコはどこか遠くを見つめるようなまなざしでぽつりと呟いた。
「伊豆に帰って実家の両親と話をしなければいけない件があって・・・」
私は無言でうなずいた。どんなに親しくとも他人の家庭の話題には踏み込みたくないからだ。
「じゃあ、私はその間、自宅でのんびりしているよ。帰り道にでも寄ってくれ」
「本当は一緒に来てほしいけど、今の状況じゃ話が複雑になりそうだから一人で行きます」
「悪いが頼む」
こんな時、男は何の役に立たないものなのだ。ミヨコは手を上げてタクシーを停めると、振り返らずに車に乗り込んだ。


次の一週間はあっという間に過ぎた。
私が事務所で顧客データをダウンロードしていると目の前で携帯が低くうなり始めた。
ミヨコからメッセージがが届いてる。

煙が目に沁みる夜もある携帯には「日曜の夕方帰る途中に寄ります。晩御飯をご馳走して」というメッセージが残されていた。
そのメッセージを見て、私は先週の週末に彼女が実家に帰ると言っていた事をぼんやりと思い出した。
「そうか・・・今夜は臨時休業だったな」私はPCの画面を見ながら呟いた。
窓の外に目を移すとビルの谷間に薄く宵闇が漂い始めている。
私は上着の袖に手を通すとPCの電源を落として帰り支度を始めた。


日曜の遅い朝、二日酔いの頭をシャワーでシャキッとさせてから、私は車の整備を始めた。晩秋にありがちな暖かい陽射しを浴びながら作業するのは快適だ。
ミヨコのメールの事は忘れて、無心にエンジンルームをいじっている時にノブアキから電話がかかってきた。
ノブアキはミヨコの店の常連客で、私とは年に数回ラウンドする仲だ。
「昨夜ジャイブに行ったんだが臨時休業だったな。何かあったのか?」ノブアキのクールなバリトンが携帯から響いた。
「ああ、ミヨコは伊豆の実家に帰っている」

BOSEからはヘレン・メリルの歌声が流れていますジャイブというのはミヨコの店の名前だ。
「何だ、知っているなら教えてくれればよかったのに」
「ん?伊豆の実家って事は・・・」ノブアキは声を落とした。
「そうだよ、お察しの通り。旦那もやっとハンコを押す気になったんだろう」
「なるほど・・・そりゃ店で酔っ払いどもの相手をしている暇は無いな」
「今晩、帰りがけに俺のところに寄って飯を喰うことになっているから、その時話が出るだろう」
「仔細はわかった。晩飯を喰うならノースショアにしろ、俺も行くから出掛ける時にメールを忘れるなよ」
ノブアキはそれだけ言うと電話を切った。


ボンネットの中では直6のツインカムが静かにアイドリングしている。

日曜の午後はゆっくり時間が流れた。何かが起こる前は時間がじれったいくらいゆっくり流れる。
休日の太陽が傾く頃に、突然ミヨコが現れた。


「はい、これ伊豆のお土産。お腹空いたから早く晩御飯に連れていってよ」いつもと変わらぬ表情でミヨコが玄関に立っている。
私はそそくさとノブアキにメールを打つと、上着を羽織って外に出た。
山手通りを歩いていると、彼女は私の腕にしがみつくようにして夕陽を見つめた。

音楽とお酒のある生活は最高です「やっと旦那も踏ん切りがついたみたい。ずいぶんゴネていたけれど、書類は実家に郵送されていました」ミヨコは呟くように言うと腕に力を込めた。
私たちはノブアキの待つレストランまで、今後の事を話しながら時間を掛けて歩いた。
夕暮れの中に浮かぶミヨコの表情からは感情は読み取れない。


ノースショアに着くと、すでに奥まった席でノブアキが嫁と2人でウイスキーを飲んでいた。ノブアキの嫁はミヨコと同じ高校で2年後輩だ。
私たち4人は乾杯するとミヨコの短かった結婚生活について話し始めた。
彼女はいままでにも自分の結婚生活についてオープンに語っていたので、一同は遠慮なく意見を言い合った。


「だってさ、先輩の性格じゃ合うわけ無いってみんな噂してたんだよ」ノブアキの嫁が言う。
「でもね、誰だって冷静で居られなくなる瞬間ってあるでしょ?」ミヨコは照れくさそうに後輩にいいわけをする。
「本当に、別れる決定打って言うのはあれが原因だったのかな?」私は思い切って聞いてみた。
「はい、あれが原因です」
ミヨコの声に全員が大笑いを始めた。

みんなで陽気なお酒を楽しもうよ!あれと言うのはお店の常連客はみんな知っている話だ(笑)
新婚ほやほやの時期に、浜先橋JCTでゴルフが大破するような事故を起こした時、旦那はハンドルを握り締めて「助けて〜」と絶叫したそうだ。車内には彼が失禁したアンモニア臭が漂っていたらしい。


「私ね、お店を閉めて、またOL生活に戻ろうかと思うの」ミヨコは笑いながらウイスキーのグラスを空けた。
「OLに戻ったら、改めて私とお付き合いしてくれる?」彼女は私に腕を絡めながら言った。
「了解、その時を待ってます」
私の声に全員が拍手をした。


「お前も首都高に乗るときは、忘れずにパンパースを履くんだぜ」ノブアキはディンプルのボトルを開けながら大爆笑した。


ディンプルのボトルにミヨコの笑窪が写っている。今夜は急遽ジャイブの閉店セールの企画会議になりそうだ・・・

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